なんちな〜日記
思いついたことを、書きたいときに書くだけのブログです。ご意見があれば、自由にコメント下さい。※ちなみのタイトルの『なんちな〜』は豊前(福岡県東部)や大分地方でのびっくりした時に使う方言です。
「サプライズ」の販売が好調で忙しくて更新できませんでした。
久しぶりに更新します。
最近始めた、漢方の精力剤「サプライズ」の販売が好調で忙しくて更新できませんでした。
しかし、皆さん悩んでいる方は多いみたいですね。
皆さんのお役に立てているみたいで、本当に嬉しく思っています。
色々効果事例を書きたいのですが、少しシモネタになりますのでここでは控えておきます。
とりいそぎ、更新だけしておこうとおもい書き込みました。
ご興味がある方は、是非ホームページをご覧になって下さい。
漢方のバイアグラのホームページ


日本人はどうしてこうなのでしょう?
久しぶりに更新します。
最近、新しい商品を売り始めました。簡単に言えば精力剤です。
以前、航空券をご利用いただいたお客様からより精力剤のモニターをたのまれました。「植物ミネラル中心の漢方だから安心だよ」と言われ半信半疑で飲んだところ、びっくりするぐらい効き目がありました。バイアグラ服用時にある動悸など副作用は全くありませんでした。
購入者アンケートの結果では95%以上の方が満足という驚くべき結果が出ています。皆さんにも、是非この体験をしていただきたいと思いましたので、販売することに決めたのです。
優先的に、今まで航空券をご利用していただいた方に案内しました。

日本人はどうしてこうなのでしょう?
こういう商品はお客様の反応に、両極端な結果が出ます。
すぐに注文いただき「本当にありがとう。これのおかげで、人生が変わるよ」とベタボメめしてくれるか、「こんな商品二度と案内しないでくれ、もう航空券も購入しない」と言うようなテンションで怒られるかのどちらかです。
どうして、「こんな商品」なのですか?これは下ネタではありません。SEXは人間の本能であり、子孫繁栄を考えれば使命でもあります。悩んでいる人やもっと楽しみたい人には、最高の特効薬なのです。発明された方にはノーベル賞でも贈りたいくらいです。
自分には必要ないと思えば、受け流せばいいだけでは無いでしょうか?日本人はこういうことに敏感に反応しすぎます。良いモノは受け入れる、必要ないものは無視するで良いのでは無いでしょうか?怒りのメールを書く時間がもったいないとは思わないのでしょうか?
私は勿論、利益も欲しいですが、「この特効薬により、皆様のこれからが今まで以上に満ち足りた人生となれば」と思っているだけです。
興味がある方は是非、ご購入をお奨めします。納得するはずです。
商品の詳細(成分や効果)は漢方のバイアグラをご覧下さい。


現代お引っ越し事情

「向こう3件両隣」って、知ってる?
マンションなど集合住宅では、上下と両隣りがそれに該当するんだけど。

新築時からもう18年、真上の階の住人さんとは顔見知りだった。
お互い子供が小さかったし、2番目の子供(うちはF、向こうはM)は同い年で
一緒の幼稚園・小学校だったし、
特に互いに行き来する程ではなかったけど、普通にご近所さんのつもりだった。

あれ?と思ったのは子供が中学に入ったとき。
入学式に来てなかった。
娘に聞いたら、「M君はサッカーがあるからM中学へ行った」って。
・・・サッカーをやっているのは知っていた。
幼稚園の時から身体はアタマ一つ大きかったし(うちの娘も大きかったけど)、
マラソン大会でも一番早かったし
運動は群を抜いていた感じがちょっとあった。

そのM中学は娘達の通う中学とは、隣の中学。
勿論、公立の中学。
それとなく余所から聞いた話だと、M中学の区域にアパートを借りて
住民票を一部移して、そっちへ入学できるようにしたとか。
入学さえしてしまえば、今までどおりに自宅から通学できるから問題なし。
なんだか不快感・・・・・
将来、Jリーグの選手を目指しているのかな?と思った。
今活躍している現役選手の中にも、
少年時代により適した環境を求めて、学校など変わっていたのかも。
世間じゃあ良くあることなのかな。

M君ママは日中姿を見ることが少なくなった。
音がしないので、不在な事がわかる。
たまに見かけると、“仕事してます”って雰囲気で、
エレベーターで乗り合わせても、素っ気ない。
「●☆●★の資格とって、働いている」って。
M君パパは以前と変わらずにもとより愛想が少なく、
楽しそうな表情はみたことがない。
朝の新聞取りや出勤時など、エレベーター周囲で会うけど、
笑顔のない会釈をよこすだけだ。
ずっと上下に住んでいるのに、なんだかうすら寒い
同じマンションの余所のご夫婦は、
年輩の方もずっと若い方達ももっとにこやかで感じがいい。
“ご近所ですね”という親近感が伝わってくるからだ。

それが去年、10月か11月頃だったか
【マンション売ります】の折り込み広告が新聞と一緒にあった。
うちのマンションだったので、へえ〜何処だろうと見て“上だぁ”と。
ああ、どこかへ出ていくんだなあと思ううちに、
偶々1階のエレベーターホールでM君ママと会った。
「チラシ見たわよ、出るの?」
「そうなのよ」
「何処へ越すの?」
「●●にね」
ってな感じ。

でもそれからは何もなくて、
年が越してから【リフォーム工事のお知らせ】が掲示板にあった。
その後新しい人が越してきて、ご挨拶にいらしたけど、
M君家族は12月に既に引き払ったと言うことだった。

・・・うちは去年も帰省で留守にしたのは12月31日。
12月は仕事も順調でずっと在宅してた。
でも挨拶はなかった。
「向こう3件両隣」って、ずっと思ってた。
行き来が無くても、お隣に住んでいれば「お隣さん」って思っていた。
集合住宅なら、生活音は18年間ずっと、真下へ響いていた。
ご挨拶は当然のことだと思って、疑いがなかった。

同じ屋根の下だ。
此処のマンションも最近では新旧の入れ替わりが出てきて、
2階〜4階辺りは若い家庭も多い。
子供達の小学校時代がだんだん遠くなるに連れて、
顔なじみが減っていく。
うちはどうなるのだろう?
子供が巣立ったら、夫婦だけ。
知らない新しいご近所さん達と穏やかにやっていけるんだろうか。
行き来はなくても、ご近所さんは大切なつながり。
いつの間にか居なくなるなんて、最低なことはしたくない。



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勘違いしている明石家さんまが見苦しい
明けましておめでとうございます。
昨年中は大変お世話になりました、今年もよろしくお願い致します。
さて皆様、年末年始はいかがお過ごしでしたか?私は、もっぱら特番テレビの鑑賞でした。スポーツ〜クイズ〜バラエティと多岐に渡って見ていました。最近はDVDなどと言う優れものがあるため、観たい番組の2/3近くはカバーできたと思います。時間にしては、生で25時間、DVD録画で25時間位ではないでしょうか?まだ、映画が3本ほどDVDにありますが、ほぼ完走しました。
内容的には毎年、少しずつレベル(制作側の力の入れよう)が落ちていると感じた。
特にその中で、不愉快に感じたのがフジテレビ制作の「さんたく」での1シーン。さんまが宮崎県庁をたずね、東国原知事に説教をするという設定の中で、東国原知事のおでこをおたまで叩いたシーンがあったのですが、さんまの老いを感じてしまいました。その後のカットでは、叩かれた東国原知事のおでこのコブが気になって、番組的にも見苦しかった。番組内でキムタクも、あそこまで叩かなくても的な事でフォローしていましたが、あんなシーンを放送するフジテレビに常識のなさ、品格のなさを感じました。
さんまとしては、「オレは芸能界の大物」と言うことを言いたかったのであろうが、落ち目のさんまが見苦しくてしょうがなかった。
最近のさんまは空気が全く読めていないと思う
各テレビ局で、持ち回りで聞いたことのあるネタばかりを繰り返すし、アドリブで困ったときは引き笑いをしながら次の返しを考えていたり、若手を前に「笑いの三原則」などを説いて威張っているだけ
50才も過ぎて、いまだにネタの中心は若いおねーちゃんの事ばかり
現に、特番以外のさんまの冠番組で、視聴率15%を越えているのは殆ど見あたらない。
紳助とは明らかに差が付いている。
番組中のスタッフの愛想笑いが、哀しく聞こえた。さんまは既に落ち目であることをスタッフも早く気づくべきです。
話をもどすと、東国原知事は宮崎県117万人の頂点であり、その代表のおでこをおたまで叩くと言うことは、宮崎県全ての人を冒涜していると思います。
昔は後輩だったかも知れないが、今は、完全に地位が逆転しているのです。師弟関係のあったたけしさんが叩くのとは、意味が違う。そこを勘違いしているさんまが見苦しくてしょうがなかった。

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年頃の子供達を持つ親です、最近思ったこと書きます
庶務【え】です。書き出すと、つい長くなっちゃって
某日、ネットのニュースを読みました。

ッコさんは「とんでもないね! 何で止められないの!」と痛烈に批判。さらに母である三田についても「今回で3度目だよね。親子なんだから、もっとちゃんと気にするべきだよ。意思の疎通が欠けていたとしか言えない。ダメですよ!」と怒り心頭だった。

−−−と、これは某記事の抜粋ですが、
アッコさんの言葉は正論です。親としては当然失格ですよね。
でも、もう少し優しい言葉で話して欲しかったと思うのは、私は「甘い」でしょうか。
これを言うのは辛辣ですが、敢えていわせていただけば「子供を育てなければ、嬉しいことも哀しいことも、その醍醐味はわかりません」
アッコさん、誰にでも助言を言ってあげられる先輩です。
正論であればこそ、慎重に言葉を選び、静かに優しく、崩れ落ちるのをこらえる、その手を取ってあげながら話してあげて欲しかったです。あの会見を演技という方もおられますが、そうは思えません。
子育ては言葉で言うのは簡単ですが、奥深く、休む間がありません。どこまでをおおらかに見守り、ここから先はキッチリ摘めて・・・なんてサジ加減は、かなり曖昧です。どう頑張ってみたところで、結果が分かるのは15年、20年、30年先、それほど報告があがってこないのですから。

                      

年頃の子供達を持つ親として身につまされるのは、親である三田さん夫婦の苦悩です。
それはむろん薬物という絶対にしては行けないことに3度も深く関わってしまったことは、大変に社会に反する許されないことです。三田さん夫婦も普通にヒトの親として当たり前に驚愕し、絶望し、苦悩したことと思います。あの家族を苦しめたのは、更に彼女が有名女優と言う立場にあり、潜めて隠しながら更正や再起の道をたどれなかったという現実です。
子供を育てているとわかりますが、幼い頃の無邪気で愛しいだけの子供達には、親として無償の愛情をもって接していけます。この子達のためなら己が身を投げ出しても良いとさえ感じてしまう〜〜巷で良く言う「3才までに親孝行してしまう(以降は惰性ってことかナァ)」のも、納得してしまう言葉ですね。しかしながら、真っ白で産まれた無・邪気な子供であれば、色に染まるのも容易です。
育つ環境において、一番身近な両親・兄弟という範囲から始まり、家庭のなかの親子の関係、子供の目から見た両親の夫婦関係、兄弟同士の力関係、それは初めて接する小さな社会です。
お盆とお正月には必ず帰省する田舎の爺ちゃん、婆ちゃん。「帰ったね」と声をかけてくれる村のおばあちゃん達。外に出れば、隣近所のおばちゃん、町内のおばあちゃん、通う幼稚園や小学校、その時代時代で接触するクラスの友達、まなぶ多くの先生、部活動の先輩・後輩・・・・多くの人に接し、良いことも悪いことも吸収します。
それを振るいにかけて選択する目を持てるように、導いていくのは両親です。老いた者から順々に、いずれ親が先に死んでいくのだからと、残った子が自立出来るように小さい頃からアレコレと口出しをして来ました。人には優しく自分に厳しくと教え、手伝いは「やって」と頼まれるより、先に「しましょうか?」と聞いてご覧とか、幼きを守り、年長者を敬えとか、世の中のためになるように説いても、思春期まっただ中の子供達には「ウザイ」とか、「わかってるわよ」とか、「また、そればっっかり!」とか、「うちは余所と違って厳しい」、「ママは味方してくれない」などと、随分と煙たがられたり、胸の痛いことを言われます。

流石に「ばばあ」と言われたことはありませんが、一番悪寒の感じられるのが「ウザイ」
これは嫌な音の言葉です。口にするのも禍々しい、ザラザラと砂を咬むようで鳥肌が立ちます。
子供達の口からそれが投げつけられる時、耳を覆いたくなるほどの荒涼さを感じます。
我が家は娘ばかりですが、小学生まではそれぞれ大変子供らしく、家計が苦しくても、家が狭くても(娘3人ひとまとめの部屋でも)、働く父親・母親を気遣ってくれ、家の手伝いをしてくれたり、優しい言葉をかけてくれたりと、夫婦共に大変幸せでした。
父親が厳しく亭主関白ですので、母の私はそれなりに気を配り、年齢と共に徐々に父をうるさがる娘達とのパイプをつなげていたつもりだったのですが、上手くはいきませんでした。
受験や学期毎の試験などで深夜まで勉強をする際にも、「1人部屋がない」と愚痴り、姉妹同士で眩しいの・眩しくないだで口喧嘩が勃発することも度々でした。そこへ母が仲裁に入り、なだめるつもりが逆にさらなる喧噪に発展してしまうことも多く、ふすま一枚隔てたリビングのテレビがボリュームを上げ、うるさいがまき散らされる有様でした。母親は仕事を口実に、子供達が夕方帰宅をして話す学校の出来事等も上の空で聞き、万事がそんな調子で、しっかりと話し相手にはなっておりませんでした。

愛情とは不思議なもので、大切に想う相手にはじんわりと心地よく伝わるのに、煙たい相手には煙たいと言う感情しか伝わらず、それは向こうからも同じ位の煙たさしか戻って来ないようです。
子供のためを思って進学だ就職だとヤイノヤイノと申しましても、「馬の耳に念仏」です。意見が一致しない限りは、親の助言には耳は向けただけで素通し、ハイハイと返事だけしてくれて、心の中に言葉は残ってはくれません。それでも我が子が少しでも良い方向へ進んでいけるように、親はどうにか話をして、一社会人として巣立っていけるように心を砕いているつもりです。が、悲しいことにそれは親の「つもり」であって、子供達からの評価ではありません。

現代社会を生きている若い方達に理解していただくのは難しいかも解りません。ちょっと昔の昭和30年代〜40年代に「幼児期から思春期」を過ごしてきた者には欲しいものを欲しいと言えず、おやつにしても1個の大福を兄弟3人で切り分けて食べるような事が常でした。
高度成長期を迎えて、雑木林が空き地に変わり、こぎれいな建て売り住宅が次々に建ち並び、週末の新聞に住宅のチラシが数多く入るのを、夢のように眺めるのが好きでした。当時は漁獲高が多く(きっと安値だったのでしょう)鯨が食卓に頻繁に並んだのを「またぁクジラ」とがっかりしたり、母に頼まれた精肉店の買い物で「今日は豚カツ!」と喜んで注文した小学5年生でした。
服は従兄弟達からのお下がりが多くを占め、親戚が多く集うお正月のお年玉には小躍りをしました。ふりかえれば、厳しい時代を過ごしてきたおかげで、ものを大事に使うことや、ヒトに感謝することを学んだ気がします。我慢することをイコール美徳だとは言いませんが、何事も一呼吸置いて話をしたり行動できたら、もっと人は優しくなれるのではないのか、悲惨な事件が起こらないのではないのかと、思う事がたくさんあります。
それを子供達に伝えたいと幼い頃から教えてきたつもりでしたが、昨今の親に対する口の利き方や素っ気ない態度は、はらただしくもあり、哀しいばかりです。せめて、ヒトの迷惑になるようなことはしないように、犯罪を犯すような状況に踏み込まないように、周囲の人に優しく接し、心を正しくもって過ごして欲しい、願わくば社会人として日本を良い方向へ進めていってもらえたらと、大人になる子供達に希望しています。

                  

三田さんご夫婦が自分たちの命のあるかぎり、罪を償い更正にかける息子さんを慈しんで歩んで行くであろうその姿が思い浮かんで止みません。人として、親として、これまでとてもとても辛かったろうと思います。過去の時間は戻りません。失ってしまった信頼を取り戻すのは並大抵のことでは出来ません。一般人と異なる立場で、嫌でも人の目にさらされる事が多く、真実を伝えていくのは困難の多いことだと想像できます。
余所のご家庭のことですが、我が身に置き換えてみれば、同じ子を持つ親の悩みです。今までの愛情は間違っていませんよ、必ず親御さんの心は通じますよと、伝えてあげたい。私も子供達を信じてゆきたい。何十年という人生の中でのほんの僅かのギスギスした出来事だから、導く気持ちをくじけずに持って、子供達を見つめていってあげたいと思っています。

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