なんちな〜日記
思いついたことを、書きたいときに書くだけのブログです。ご意見があれば、自由にコメント下さい。※ちなみのタイトルの『なんちな〜』は豊前(福岡県東部)や大分地方でのびっくりした時に使う方言です。
年頃の子供達を持つ親です、最近思ったこと書きます
庶務【え】です。書き出すと、つい長くなっちゃって
某日、ネットのニュースを読みました。

ッコさんは「とんでもないね! 何で止められないの!」と痛烈に批判。さらに母である三田についても「今回で3度目だよね。親子なんだから、もっとちゃんと気にするべきだよ。意思の疎通が欠けていたとしか言えない。ダメですよ!」と怒り心頭だった。

−−−と、これは某記事の抜粋ですが、
アッコさんの言葉は正論です。親としては当然失格ですよね。
でも、もう少し優しい言葉で話して欲しかったと思うのは、私は「甘い」でしょうか。
これを言うのは辛辣ですが、敢えていわせていただけば「子供を育てなければ、嬉しいことも哀しいことも、その醍醐味はわかりません」
アッコさん、誰にでも助言を言ってあげられる先輩です。
正論であればこそ、慎重に言葉を選び、静かに優しく、崩れ落ちるのをこらえる、その手を取ってあげながら話してあげて欲しかったです。あの会見を演技という方もおられますが、そうは思えません。
子育ては言葉で言うのは簡単ですが、奥深く、休む間がありません。どこまでをおおらかに見守り、ここから先はキッチリ摘めて・・・なんてサジ加減は、かなり曖昧です。どう頑張ってみたところで、結果が分かるのは15年、20年、30年先、それほど報告があがってこないのですから。

                      

年頃の子供達を持つ親として身につまされるのは、親である三田さん夫婦の苦悩です。
それはむろん薬物という絶対にしては行けないことに3度も深く関わってしまったことは、大変に社会に反する許されないことです。三田さん夫婦も普通にヒトの親として当たり前に驚愕し、絶望し、苦悩したことと思います。あの家族を苦しめたのは、更に彼女が有名女優と言う立場にあり、潜めて隠しながら更正や再起の道をたどれなかったという現実です。
子供を育てているとわかりますが、幼い頃の無邪気で愛しいだけの子供達には、親として無償の愛情をもって接していけます。この子達のためなら己が身を投げ出しても良いとさえ感じてしまう〜〜巷で良く言う「3才までに親孝行してしまう(以降は惰性ってことかナァ)」のも、納得してしまう言葉ですね。しかしながら、真っ白で産まれた無・邪気な子供であれば、色に染まるのも容易です。
育つ環境において、一番身近な両親・兄弟という範囲から始まり、家庭のなかの親子の関係、子供の目から見た両親の夫婦関係、兄弟同士の力関係、それは初めて接する小さな社会です。
お盆とお正月には必ず帰省する田舎の爺ちゃん、婆ちゃん。「帰ったね」と声をかけてくれる村のおばあちゃん達。外に出れば、隣近所のおばちゃん、町内のおばあちゃん、通う幼稚園や小学校、その時代時代で接触するクラスの友達、まなぶ多くの先生、部活動の先輩・後輩・・・・多くの人に接し、良いことも悪いことも吸収します。
それを振るいにかけて選択する目を持てるように、導いていくのは両親です。老いた者から順々に、いずれ親が先に死んでいくのだからと、残った子が自立出来るように小さい頃からアレコレと口出しをして来ました。人には優しく自分に厳しくと教え、手伝いは「やって」と頼まれるより、先に「しましょうか?」と聞いてご覧とか、幼きを守り、年長者を敬えとか、世の中のためになるように説いても、思春期まっただ中の子供達には「ウザイ」とか、「わかってるわよ」とか、「また、そればっっかり!」とか、「うちは余所と違って厳しい」、「ママは味方してくれない」などと、随分と煙たがられたり、胸の痛いことを言われます。

流石に「ばばあ」と言われたことはありませんが、一番悪寒の感じられるのが「ウザイ」
これは嫌な音の言葉です。口にするのも禍々しい、ザラザラと砂を咬むようで鳥肌が立ちます。
子供達の口からそれが投げつけられる時、耳を覆いたくなるほどの荒涼さを感じます。
我が家は娘ばかりですが、小学生まではそれぞれ大変子供らしく、家計が苦しくても、家が狭くても(娘3人ひとまとめの部屋でも)、働く父親・母親を気遣ってくれ、家の手伝いをしてくれたり、優しい言葉をかけてくれたりと、夫婦共に大変幸せでした。
父親が厳しく亭主関白ですので、母の私はそれなりに気を配り、年齢と共に徐々に父をうるさがる娘達とのパイプをつなげていたつもりだったのですが、上手くはいきませんでした。
受験や学期毎の試験などで深夜まで勉強をする際にも、「1人部屋がない」と愚痴り、姉妹同士で眩しいの・眩しくないだで口喧嘩が勃発することも度々でした。そこへ母が仲裁に入り、なだめるつもりが逆にさらなる喧噪に発展してしまうことも多く、ふすま一枚隔てたリビングのテレビがボリュームを上げ、うるさいがまき散らされる有様でした。母親は仕事を口実に、子供達が夕方帰宅をして話す学校の出来事等も上の空で聞き、万事がそんな調子で、しっかりと話し相手にはなっておりませんでした。

愛情とは不思議なもので、大切に想う相手にはじんわりと心地よく伝わるのに、煙たい相手には煙たいと言う感情しか伝わらず、それは向こうからも同じ位の煙たさしか戻って来ないようです。
子供のためを思って進学だ就職だとヤイノヤイノと申しましても、「馬の耳に念仏」です。意見が一致しない限りは、親の助言には耳は向けただけで素通し、ハイハイと返事だけしてくれて、心の中に言葉は残ってはくれません。それでも我が子が少しでも良い方向へ進んでいけるように、親はどうにか話をして、一社会人として巣立っていけるように心を砕いているつもりです。が、悲しいことにそれは親の「つもり」であって、子供達からの評価ではありません。

現代社会を生きている若い方達に理解していただくのは難しいかも解りません。ちょっと昔の昭和30年代〜40年代に「幼児期から思春期」を過ごしてきた者には欲しいものを欲しいと言えず、おやつにしても1個の大福を兄弟3人で切り分けて食べるような事が常でした。
高度成長期を迎えて、雑木林が空き地に変わり、こぎれいな建て売り住宅が次々に建ち並び、週末の新聞に住宅のチラシが数多く入るのを、夢のように眺めるのが好きでした。当時は漁獲高が多く(きっと安値だったのでしょう)鯨が食卓に頻繁に並んだのを「またぁクジラ」とがっかりしたり、母に頼まれた精肉店の買い物で「今日は豚カツ!」と喜んで注文した小学5年生でした。
服は従兄弟達からのお下がりが多くを占め、親戚が多く集うお正月のお年玉には小躍りをしました。ふりかえれば、厳しい時代を過ごしてきたおかげで、ものを大事に使うことや、ヒトに感謝することを学んだ気がします。我慢することをイコール美徳だとは言いませんが、何事も一呼吸置いて話をしたり行動できたら、もっと人は優しくなれるのではないのか、悲惨な事件が起こらないのではないのかと、思う事がたくさんあります。
それを子供達に伝えたいと幼い頃から教えてきたつもりでしたが、昨今の親に対する口の利き方や素っ気ない態度は、はらただしくもあり、哀しいばかりです。せめて、ヒトの迷惑になるようなことはしないように、犯罪を犯すような状況に踏み込まないように、周囲の人に優しく接し、心を正しくもって過ごして欲しい、願わくば社会人として日本を良い方向へ進めていってもらえたらと、大人になる子供達に希望しています。

                  

三田さんご夫婦が自分たちの命のあるかぎり、罪を償い更正にかける息子さんを慈しんで歩んで行くであろうその姿が思い浮かんで止みません。人として、親として、これまでとてもとても辛かったろうと思います。過去の時間は戻りません。失ってしまった信頼を取り戻すのは並大抵のことでは出来ません。一般人と異なる立場で、嫌でも人の目にさらされる事が多く、真実を伝えていくのは困難の多いことだと想像できます。
余所のご家庭のことですが、我が身に置き換えてみれば、同じ子を持つ親の悩みです。今までの愛情は間違っていませんよ、必ず親御さんの心は通じますよと、伝えてあげたい。私も子供達を信じてゆきたい。何十年という人生の中でのほんの僅かのギスギスした出来事だから、導く気持ちをくじけずに持って、子供達を見つめていってあげたいと思っています。

格安航空券 福岡






管理者にだけ表示を許可する





TRACK BACK
TB*URL





Copyright © なんちな〜日記. all rights reserved.
ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ